カテゴリー: 教職員コラム

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ~アイデンティティ~ 湯淺 絢

 私が大学に入学したころ,自分は何者で,これからどうなりたいのかという漠然とした疑問がありました。地に足がつかない感覚に,“これは自分だけなのか?”“どうしたらいいんだ?”と,とても怖かったことを覚えています。

 そんなある日,大学の授業で,「アイデンティティ」という言葉に出会いました。「アイデンティティ」とは,Erikson(1950)によって提唱された,青年期の発達過程の様相を表す概念です。青年期に入ると,人は,自分は何者なのかという問いを自分に向け,答えを見つけようと,もがきます。私はこの「アイデンティティ」という言葉を知って,“これは私だけじゃないんだ”と,拍子抜けするような,ホッとするような気持ちを覚えました。そして,漠然としたものの正体が分かったからか,安心してその疑問に向き合えるようにもなりました。

 心理学は心の中で起こっていること,つまり,目に見えないものに,取っ手をつけてくれる学問だと思います。取っ手がついたからといって,心の悩みが解決するわけではありませんが,悩みと向き合えるようになり,さらには人に伝えることもできるようになります。

 そんなわけで,日常の中で感じる何気ない悩み,不思議だなと思うこと,人間に関するありとあらゆること,その全てに寄り添ってくれる心理学は本当にありがたい学問なわけです。

 ここまで述べておいてズッコケますが,私は「アイデンティティ」の研究をしたことはありません。この4月に入学した1年次生を見ていると,これからどんな心理学ワードに出会うのだろうかと,勝手にワクワクしてこのテーマを取り上げた次第です。

湯淺 絢

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ~分散学習~ 山根 嵩史

 私の専門である教育心理学では,教育・学習に関係する様々な要因について研究が行われています。研究対象は学習者や指導者,学習方法,学習環境など多岐にわたりますが,例えば「効果的な勉強法とはどんなものか」,「勉強ができる人になるにはどうすればよいか」といった問いに答えるのも教育心理学の役割です。なんだか,いかにも役に立ちそうですよね。
 そんな教育心理学の知見の1つをご紹介します。以下の2つの勉強方法のうち,より効果がある(成績が伸びる)のはどちらだと思いますか?

正解は…Aです。同じ時間や回数勉強をする場合,まとめて勉強するよりも適度に間隔を空けて勉強した方が,記憶に残りやすいと言われています。これは分散学習,あるいは学習の分散効果と呼ばれ,単純な身体動作の習得から,単語の記憶のような学校での勉強に近い状況まで,幅広く効果が確認されています。

 この分散学習について,もう一つ面白いことが分かっています。それは,「学習者は分散学習が効果的であることにあまり気づいていない」ということです。それどころか,「集中学習の方が効果的だと思っている」というデータもあります(Zechmeister & Shaughnessy, 1980)。教育場面に限らず,自分の考えや思い込みが実態とズレている,ということは多々あります。このようなズレを発見し,その仕組みを解明することが,心理学の面白さなのではないかと思っています。

山根 嵩史

引用文献:Zechmeister, E. B., & Shaughnessy, J. J. (1980). When you know that you know and when you think that you know but you don’t. Bulletin of the Psychonomic Society, 15(1), 41-44.

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ 〜 ストレスとストレスマネジメント 〜 福岡 欣治

 先日届いた愛育活動の情報誌を見たら、“今日からできるストレス対処法”というコーナーがあって、そのひとつめが「話す・相談する」でした。これって、社会心理学(私自身が担当している本学の科目でいえば「対人コミュニケーション論」、臨床心理学科の科目でいえば「社会・集団・家族心理学」)の中の「自己開示」の話だな〜、と思い出します。


 ちょうど近々に、働く人のメンタルヘルスに関する大阪商工会議所主催の検定試験である「メンタルヘルス・マネジメント検定試験」の団体特別試験を実施するのですが、公式テキストに載っている事柄、たとえば「4種類のソーシャルサポート」(#)の話は、健康心理学(現在の本学での授業名は「健康・医療心理学B」)で話している内容だな〜、と思い出します。

 私たちがふだん目にする情報のあちこちに、授業で扱っている事柄があって、社会の中で使われているんだな〜、と楽しくなります。このコラムを見てくださっているみなさんにも、ぜひ、聴いていただきたいです!

(#)
「情緒的」「情報的」「道具的」「評価的」。それぞれ、励ましや受容、課題解決に役立つ情報の提供、実際の手助け、仕事ぶりや業績などへの適切な評価にあたります。元々の出典は、以下の文献です。
House, J. S. (1981). Work stress and social support. Addison-Wesley

福岡 欣治

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ 〜 人はどうして交通違反を犯すのか? 〜 水子 学

 2026年4月1日から,自動車やバイクと同じように,16歳以上の自転車運転者による交通違反に対して反則金を納めるよう通告する「交通反則通告制度」(いわゆる青切符)が適用されます。「ながらスマホ」は,1万2000円,信号無視は6000円,傘さし・イヤホン使用は5000円など,100種類以上の行為が対象になります。普段,私は自転車で通勤していますが,夜,無灯火でスマホを操作しながら運転している自転車と衝突しそうになり,ヒヤッとしたことがあります。自分自身と周囲の人を守るために,交通規則をきちんと理解・遵守し,誰も傷つくことのないよう配慮ある運転を心掛けたいものですね。

 ところで,大なり小なりの危険が伴うにもかかわらず,人はどうして交通違反を犯すのでしょうか。自分勝手だから?モラルが低いから?まあ,それも理由のひとつかもしれませんね。でも,心理学の研究によって,その人のモラルの問題だけでなく,複数の心理的要因が組み合わさって,違反行為が発生することが明らかにされています。代表的な要因として,「自分は大丈夫」「自分には悪いことは起きない」という根拠のない妙な自信が挙げられます。心理学では,このように,自分が不幸な出来事に見舞われる可能性を過小に低く見積もり,反対に好ましい出来事が起こる可能性を過大評価する傾向のことを,楽観性バイアス(optimism bias)と呼んでいます。このバイアスがあるおかげで,私たちは「なんとかなる」と,前向きに生きていくことができるのですが,その一方で,信号無視や飲酒運転などの無謀な行為におよんでしまうのです。楽観性バイアスという心の働きは,私たちを守ってくれると同時に,危険にさらしてしまうという,相反する2つの役割を担っているのですね。心とは本当に不思議なものです。

水子 学

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ 〜 メンタルヘルス 〜 谷原 弘之

 働く人のメンタルヘルスを研究してきました。メンタルヘルスは「心の健康」と訳され、心理学を通じ、健康で長く働き続けることに役立てています。

 例えば、学校や仕事に行くと人間関係のストレスが発生し、時には疲れることがあると思います。家に帰り、推し活をすると元気が回復し、次の日もがんばろうと思えるのではないでしょうか。これがストレス対処法で、コーピングと言います。

 現代社会ではストレスを完全に排除することは難しいため、瞬間的に自分を守る“ストレスコーピング”を使ったり、信頼できる人に相談にのってもらい応援してもらう等、様々な心理学的手段をもつことが、心の健康を維持するカギになります。

 

谷原 弘之

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ 〜 臨床と基礎研究 〜 中村 有里

 私の専門はうつ病や強迫症などに効果が認められている認知行動療法です。私は心理支援の現場でこの治療法を実践すると同時に,「この治療法は心のどこに働きかけ,どこに変化をもたらしているのか」,「治療で良くなった後,なぜ再発することがあるのか」といったメカニズムを研究しています。

 心理支援の中で生まれた「治療法の効果がもっと長く続く方法はないだろうか」という疑問が,私の研究の出発点です。こうした研究は,安心して治療を始め,希望をもって治療を継続することを支えることにつながると考えています。心理支援の実践と研究の両方を行うことが,よりよい社会への貢献につながっていると信じています。その道を一緒に歩める学生がいることも私の大きな励みになっています。写真は実験のために作った小道具です。何に使うかは講義でお話しています。お楽しみに。

中村 有里

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ 〜 子どもの気質と心理学 〜 武井 祐子

 20年以上にわたり、子どもの「気質特徴」をどう理解するか、そしてその子にぴったり合った関わりをすると、子どもや親御さんにどんな良い変化が起こるのかを研究してきました。

 気質特徴とは、その子が生まれつきもっている行動の特徴や感じ方の傾向のことで、性格の土台になる特徴です。周囲がちゃんとその子の気質を理解すると、その子に合った声かけや環境づくりができるようになり、子どもは“自分らしくしてていいんだ”と感じながら、のびのびと成長していきます。その成長の様子は、子どもの親御さんや先生たちにとっても大きな支えになります。たとえば、初めての場所が少し怖い子もいれば、じっとしているより動き回る方が落ち着く子もいます。こうした違いを“問題”ではなく“その子らしさ”として見ることができると、関わり方は自然と優しくなり、お互いに気持ちよく過ごせるようになります。気質特徴を理解して接することで、学校でのトラブルが減ったり、家庭の雰囲気が明るくなったりと、周りの世界も少しずつあたたかくなっていきます。

 心理学は、誰かの生きづらさに気づき、その人に合った支援の仕方を見つけるための学問です。“人の役に立てたらいいな”と思う気持ちが少しでもあるなら、心理学はきっとあなたの力になります。あなたの優しさが、誰かの未来を変えることだってできるのです。

武井 祐子

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ 〜 思い出の役割 〜 瀧川 真也

私たちの思い出や経験は,過去がそのまま頭の中に記録されているのではなく,今の自分や将来の自分のための働きがあります。たとえば,苦手だった計算を何度も練習してできるようになった経験は,「自分には粘り強さがある」という現在の“自分らしさ”を確かめる手がかりになります(自己機能)。

 また,家族との会話で「昔,家族みんなでよく公園に行ったよね」と話すと,そこから話が広がり,家族とのつながりを自然に感じられることがあります。このように思い出を共有することで,お互いに話がしやすくなったり,リラックスして話せる雰囲気が生まれたりします(社会機能)。
さらに,過去の経験は次の行動を選ぶ判断にもつながります。テスト前に勉強計画を立てずに失敗した記憶があれば,「今回は早めに準備しよう」という行動の変化が生まれます(指示機能)。

 一方で,思い出は時間が経つ中で感じ方が変わることがあります。たとえば,部活でミスをして落ち込んだ経験でも,あとで振り返ると「あの悔しさがあったから続けてこられた」と前向きに受け止められるようになることがあります。こうした変化は記憶の「再構成」と呼ばれ,その体験の意味を自分の中で少しずつ捉え直すことで起こります。「再構成」は誰にでも起こるごく自然なことで,当時はつらかった体験でも,時間が経過するにつれ別の見方ができるようになり,成長のきっかけになることがあります。

 心理学では,過去をただ“過ぎ去ったもの”と捉えるのではなく,今の自分を形づける大切な経験として考えています。みなさんがこれから向き合う出来事も,いつかきっと自分の力になるはずです。

瀧川 真也

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ ~「構造化」の半分はやさしさでできている?~ 佐々木 新

 少し前に,「ねこ転送装置」っていう不思議な現象が話題になったのを知っていますか?床にガムテープで丸を描くだけで,猫がその中にすっと入っていくんだそうです。うちには猫がいないので試せていませんが,ただの床に引き寄せられるなんて,なんだかかわいくて不思議ですよね。もし猫がいたら,きっと何度でもやってみたくなるやつです。

 でも,そのとき猫はどんな気持ちなんでしょう。安心しているのか,好奇心いっぱいなのか,それとも「また人間が変なことしとるな」とあきれながらも,目に見える輪っかには抗えずつい入ってしまうのか。諸説あるようですが,本当のところは猫にしかわからないですね。

 この話は,実は心理学にも通じるものがあります。たとえば,自閉スペクトラム症の人への支援には「構造化」という手法が使われることがあります。これは,時間や空間の使い方を目に見える形で整理して,理解や活動を助けるための工夫です。絵や写真を用いたスケジュールや手順書など,学校や福祉の現場でもよく使われていますし,臨床心理学でも大切なキーワードのひとつです。

 でも,視覚的な刺激にとても敏感な人の場合,それに強く引っ張られて,自分の意に沿わない行動が誘発されることもあります。つまり,よかれと思ってやった「構造化」が,知らないうちにその人にとっては「やらされている」ように感じられることもあるのです。構造化は,相手の思いや主体性を大切にする気持ち,すなわちあなたのやさしさで完成すると言えるでしょう。

 構造化に限らず,心理学の知識や技術を使うときには,「これって本当にその人のためになっているのかな」と立ち止まって考えることが大切です。「かわいい〜♡」って言いながら猫サークルを量産してしまうノリで人の心に関わると,ちょっと危ないかもしれませんね。

 心理学をしっかり学ぶということは,人の幸せについて考えることでもあります。心理学で相手の福利向上に資するのか,それとも悪魔に奉仕するのか──その違いは,使う人の人間性にかかっているのです。

佐々木 新

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ ~ 協力行動を引き出す手がかり ~ 高尾 堅司

 私が学部生だった頃,非常に印象的な論文注)との出会いがありました。その論文は,水不足(渇水)に見舞われたある地域住民の節水行動を分析したものでした。いずれの分析結果も興味深いものでしたが,特に目を惹いたのは「渇水事態の深刻さの状況によって節水に協力する住民層が異なっていたこと」でした。

 たとえば,最初に節水を実行するのは,節水による労力をいとわない(利便性を度外視する)住民でした。その後,渇水事態が深刻化し,自主的な節水が勧告された状況において節水を実行するのは,節水による経済的効果を重視する住民でした。そして,いよいよ断水が実施される段階になったら,風呂や洗濯面で清潔さの水準を少し下げても良いと考える住民がようやく節水しようとするというのです。

 渇水事態の段階ごとに節水行動に着手する住民層が異なるということは,一律に節水に関する啓発メッセージを伝えるだけで十分とは言い難いことを示唆しています。そして,その背景には節水しようという動機に影響を及ぼす何らかの心理的要因が存在するはずです。節水行動に影響を及ぼす心理的要因を特定することで,限られた資源を有効に活用することができるかもしれません。

 人々が自分にとっての都合の良さを重視して行動するのではなく,全体にとって何が望ましいかを考えながら行動してもらうにはどうすれば良いか。これは,限られた資源の活用のみならず,社会的マナー一般に通ずる部分があります。身近なところから社会に至るまで,人々が気持ちよく過ごすための工夫を引き出すヒントが,心理学にはあります。

 

注)広瀬 幸雄・北田 隆 (1987). 渇水時における住民の節水行動の規定因 社会心理学研究,2(2),21-28.

 

高尾 堅司