
私が川崎医科大学に入学した1978年は水野祥太郎先生が医大の学長を務められた最後の年度に当り、我々医大9期生は水野学長が医学概論を講じられた最後の学年となります。水野先生は1907(明治40)年のお生まれで、大阪市立大学及び大阪大学整形外科教授を経て、1970年川崎医科大学教授、1972年川崎医科大学学長(二代)に就任されました。水野先生は戦時中から傷痍軍人のリハビリテーション(という医学用語はまだ日本にありませんでしたが)を開拓されておられ、日本リハビリテーション医学会設立会合(東京・学士会館:1963年9月)と同学会第1回大会(大阪:1964年7月)の開催時には共に会長を務められました。
















