カテゴリー: 教職員コラム:福岡 欣治

教職員コラム 心理学って役に立つんじゃ 〜 ストレスとストレスマネジメント 〜 福岡 欣治

 先日届いた愛育活動の情報誌を見たら、“今日からできるストレス対処法”というコーナーがあって、そのひとつめが「話す・相談する」でした。これって、社会心理学(私自身が担当している本学の科目でいえば「対人コミュニケーション論」、臨床心理学科の科目でいえば「社会・集団・家族心理学」)の中の「自己開示」の話だな〜、と思い出します。


 ちょうど近々に、働く人のメンタルヘルスに関する大阪商工会議所主催の検定試験である「メンタルヘルス・マネジメント検定試験」の団体特別試験を実施するのですが、公式テキストに載っている事柄、たとえば「4種類のソーシャルサポート」(#)の話は、健康心理学(現在の本学での授業名は「健康・医療心理学B」)で話している内容だな〜、と思い出します。

 私たちがふだん目にする情報のあちこちに、授業で扱っている事柄があって、社会の中で使われているんだな〜、と楽しくなります。このコラムを見てくださっているみなさんにも、ぜひ、聴いていただきたいです!

(#)
「情緒的」「情報的」「道具的」「評価的」。それぞれ、励ましや受容、課題解決に役立つ情報の提供、実際の手助け、仕事ぶりや業績などへの適切な評価にあたります。元々の出典は、以下の文献です。
House, J. S. (1981). Work stress and social support. Addison-Wesley

福岡 欣治

教職員コラム 「私の好きな都道府県! 〜あなたも行ってみられぇ〜:静岡県浜松市」福岡 欣治

布橋、小豆餅、銭取 ・・・ これだけで、歴史上の人物一人が思い浮かびますか?

 答えは「徳川家康」です。簡単過ぎたかもしれませんね。ネットで「布橋、小豆餅、銭取」と検索するとたくさんヒットしますので。「布橋」は、NHKの大河ドラマ「どうする家康」でも取り上げられたそうですね。由来はそちらをご覧いただくとして・・・。

 私は京都の出身ですので京都の方が説明しやすい(?)のですが、すでに学科長の進藤先生が取り上げられましたので、岡山に来る前に11年住んでいました、静岡県浜松市をご紹介します。「布橋、小豆餅、銭取」はいずれも浜松市中心部に近い地名(※「銭取」はバス停として残る程度のようですが)です。

(浜松城と桜1)

 浜松市は徳川家康ゆかりの地ということで、「浜松城」は“出世城”とも呼ばれています(この名前のお酒も!)。JR浜松駅から徒歩ではゆっくり歩いて20分弱でしょうか。城跡が浜松城公園として整備され、桜がきれいです。市役所・図書館・美術館が隣接されています。駅からお城に向かう道すがらには「有楽街」と称される繁華街があり、その近くには「田町」という地名もあります。東京の「浜松町」が浜松に縁のある人物に由来することをご存じの人もいると思いますが、その逆も!

(浜松城と桜2)

 JR浜松駅ビル横にはランドマークとしてのアクトタワーがありますが、少しマイナーどころ?では楽器博物館も隣接しています。

(楽器博物館)

 駅周辺にあるいくつものうなぎ屋さんと餃子屋さん(浜松餃子有名!)、海に向かえばウミガメの産卵地でもある広々とした中田島砂丘、山に向かって足を伸ばせば森林公園やフルーツパーク等、西には浜名湖・・・

(中田島砂丘)

(フルーツパーク)

 バラエティに富んだこの地をご紹介できるのは、11年を過ごした役得?かもしれません。

福岡 欣治

教職員コラム 「私のイチオシ心理学キーワード:可視性(visibility)」 福岡 欣治

 数年前に、とても熱心なゼミ生さんがいまして、このテーマで卒論を書いてくれました。すばらしい力作でした!

 さて「可視性(visibility)」という言葉ですが、文字通り“目に見えること”です。ソーシャルサポートの可視性というのは、サポートの受け手(してもらう側)にとって、自分が助けてもらったことがわかるか、わからないかという問題です。(はっきり)わかるのが「visible support」(可視性の高いサポート)、(あまり)わからないのが「invisible support」(可視性の低いサポート)というわけですね(#)。


 ちなみに、そのゼミ生さんが関心をもっていたのは「不適切なソーシャルサポートの可能性」でした。どちらの方が良くない(不適切とされている)か、わかりますか? 答えは「visible support」の方です。あからさまでいかにも助けられている、というのでは(一種の上方比較=優れている人と自分を比べる事態になり)助けられる方がかえって傷ついてしまうかもしれない、と考えられています。だから、送り手の「助けてあげよう」という意図を受け手が感じずに済むようなサポートのほうがいいのだ、と。

(#)Zee, K. S., & Bolger, N. (2019). Visible and invisible social support: How, why, and when. Current Directions in Psychological Science, 28(3), 314-320.

 そんなわけで、私も、さりげなく、それと気づかれないようなサポート・・・ができるといいなあ、と思う次第です。

 ただ・・・最初に書いたゼミ生さんの卒論では、1点だけ、思っていたのと違う結果になってしまう箇所がありました。それは「可視性の低い(はずの)サポート」の方が、受け手はそれをしてくれる人のサポート意図(自分を助けようとしてくれる気持ち)を強く感じていたんです。だいぶ工夫して(2段階の予備調査をして)条件設定をしてみたんですけど・・・。
 本当に自分のことを思ってくれる人は、わざわざそんなこれ見よがしにあからさまなことは最初からしないんだ、ということなのかもしれません。

 「イチオシ」キーワード、という趣旨から外れてしまった気がします。お悩み相談のような終わり方で、どうもスミマセン。

福岡 欣治

教職員コラム お題「今,熱中していること ver.2023」 福岡 欣治

 私は何かを始めると、いつの間にかそれを長く続けてしまっていることがあります。気付いたら数年、ときには10数年またはそれ以上・・・。それは熱中とは呼ばず、単に生活の一部になっているというだけなのではないかとも思うのですが。

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教職員コラム お題「私の研究テーマ」 福岡 欣治

 もしも私のことを知っている人が、福岡の研究テーマについて“答えてくれる”としたら、その答えは「ソーシャルサポート」になるのだろうと思います。意訳すれば“身近な人の支え”といったところでしょうか。嫌なことや辛いことがあっても、それがあること(または、それがあると思えること)で、少し、元気になれたりします。

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