教職員コラム 「私のイチオシ心理学キーワード:行動的QOL」 佐々木 新

 行動的QOLとは,生活の質(Quality of Life: QOL)を行動分析学の視点から捉えようとする概念で,「個人の生活の質を正の強化で維持される行動の選択に関する方法と量で測定するもの(望月,2001,p.16)」とされています。

 一般的にQOLは個人の健康状態や取り巻く環境の豊かさ,個人の主観的な満足感を指標とすることが多いようです。一方,行動的QOLは,その人が自ら環境に働きかけて,正の強化を得る機会(行動して快を得てまた行動したくなるような機会)があるかどうか,そしてその行動機会にはいくらかでも選択肢があるかどうか,さらには既存の行動機会の選択肢を否定し,新たな選択肢の要求や探求が個人に許容されるかどうかという点に着目して,その行動の実行性を指標としてQOLを捉えようとします。周囲の環境に何かしら能動的に働きかけて正の強化を受ける頻度が増えたり,その働きかけの対象が拡大したりすることは,その人のQOLの向上と言えるのではないかと考えるわけです。個人の健康状態や障害状況にかかわらず,また,単に環境の豊かさだけを問題とするのでもなく,その人の実際の能動的な動きにつながっているかどうかがポイントになります。加えて,例えば「私は幸せ(満足)です」といった言語での表明にも依存しすぎない捉え方も可能になる点で,「本音と建前」の脅威にも対処できそうな魅力があります。

 日頃から私たちは興味関心のある物事や心地よさを得られる物事には自然と繰り返し接近するものです。暇さえあれば読書に熱中する人,常にスマホをぽちぽちと触る人,学校や仕事帰りに買物や映画館に行く人,食事に行こうと友人に声をかける人,いま身近にある物事では満足できず,普段行かない〇〇教室に参加してみたり,何か楽しいことがないかと探しまわる人など様々です。私たちの多くは,このような正の強化を受ける行動機会を自分で見つけ,日々繰り返して暮らしています。一方で,重度の知的障害があり,取り巻く環境に適切にアプローチしたり,安全かつ柔軟に興味関心を探したり何らかの対象に接近して強化される機会をもつことに困難のある人々もまた多くいます。たいていの場合,彼らは自分の気持ちや状況を他者に伝えることも得意ではありません。なので既存の選択肢の否定などにはかなりの困難が伴います。そんな人々の暮らしや幸せをどのように捉え,その生活の質をいかに向上させ得るかを考えるとき,この行動的QOLの考え方がとても大きなヒントになると思うのです。

引用文献
望月昭(2001).行動的QOL: 「行動的健康」へのプロアクティブな援助 行動医学研究,7,8-17.

佐々木 新