教職員コラム お題「私の仕事」  水子 学

 ある朝、学外実習の引率のため、私は精神科病院に出掛けました。

 

 実習指導担当の心理職のA先生の案内で、実習生たちと一緒に病院内を見学させていただきました。各病棟の特色、入院患者さんの過ごし方、心理士を含めたさまざまな専門職の役割などについて、A先生は実習生の様子に気を配りながら、丁寧に説明くださいました。初めて精神科医療の現場を目の当たりにする実習生たち。戸惑いつつも、集中力を欠くことなくA先生の言葉に耳を傾けながらメモをとっていました。

 病院内の見学も終わり、私たちは実習生の控室に戻ってきました。控室に並んでいる机と実習生をぐるっと見渡したA先生は、次のように仰りました。「今、この病院では、皆さん以外にも作業療法士や看護師などさまざまな専門職を目指して多くの実習生が学んでいます。この控室は共同で使っているから、きっと顔を合わせることもあるでしょう。朝、控室に到着したら、皆さんが机の上を拭いておくといいかもしれないね。そうすれば、みんな気持ちよく一日を過ごせると思わない?誰が拭いたって構わないけど、心理職だから気付けることもあるんじゃないかな。」

 医師の仕事、看護師の仕事、作業療法士の仕事、そして心理職の仕事。専門職にはそれぞれ「私の仕事」があります。対人援助の現場では、各々の専門職がそれぞれの専門性を発揮して人を支援することが求められます。だから、将来、心理職として人の役に立ちたいのならば、心理学に基づく人間理解の視点や技法、支援者としての態度や技術を必ず身につけておく必要があります。でもね、それだけではダメだよって、A先生は実習生たちに伝えたかったんじゃないかな。

 世の中には「私」の数だけ「私の仕事」があります。そして、それ以上に「私の仕事」と「私の仕事」の間には「誰のものでもない仕事」が存在するのです。控室の机を拭くという仕事は「誰のものでもない仕事」のひとつなのです。「机を拭く?それって専門職である私の仕事じゃないよ」と皆が放置すれば、たちまち控室は汚れ、誰も寄り付かなくなるかもしれません。逆に、そんな仕事の存在に気づき、誰に指示されたわけでもないのに、毎朝、机を拭いてくれる人がいたらどうでしょう。いつも綺麗な机のうえで、集中して実習記録の作成に取り組んだり、休憩時間に他の実習生と気持ちよくお弁当を食べることができそうです。「誰のものでもない仕事」を誰かが引き受けてくれることで、世界は今よりもほんの少しだけ過ごしやすくなるように思います。人の幸せに思いを馳せる心理職を目指すのならば、「私の仕事」のみにとらわれず「誰のものでもない仕事」に気づくこと、そしてそれを事も無げにやってしまうセンスを磨くことが大事なんだなあと、私自身、A先生に教えられました。

 皆さんのまわりにも「誰のものでもない」仕事を引き受けてくれている人が、きっといるはずです。さあ、目を凝らし、耳を澄ませ、探してみてください。そして、その人から「私の仕事」とは何かについて学び、社会のひとりとしての自分の生き方について考えてみてください。 

水子 学