教職員コラム お題「今,熱中していること ver.2023」 湯淺 絢

 私は自分が熱中していることを,できるだけ人と共有しないようにしています。

 

 …というと,冷たく感じられるかもしれませんが,これは私にとって,そして相手にとって,ハートフルな掟なのです。

 

 というのも,私は熱しやすく冷めやすい人間で,何かに熱中することは度々あるのですが,熱くなりすぎて,高温防止機能が働くのか,急速に冷却活動が始まってしまいます。多くのものがもって2~3日です。いや,熱くなりすぎた反動で,もはやマイナスまで冷却されて,もう二度と食べたくない,聴きたくない状況に陥ります。

 

 1人だけの話ならこれでもいいのですが,誰かと熱中を共有したとき,話は変わってきます。例えばの話,熱中している音楽があったとして,それを友人と共有したとします。しかし,数日経って,友人から『こんなのもいいよ』とお勧めしてもらった時には,私はもう熱が冷めているのです。

 

 このような気まずさや申し訳なさを繰り返してきた私は,自分自身の熱中の在り方を再考しないといけないと,一人大反省会を開催したわけです。人と熱中を共有する以上,その人のために熱中し続けなければならない責任が発生する…。これは,熱中から「仕事」へと変わってしまう。こうした一人大反省会の結果,「熱中を人と共有するべきではない」という掟が誕生したわけです。

※注意:一般的に,熱中とはもっと気楽なものです。

 

 掟が誕生してからは,「人知れず」熱くなり,「人知れず」冷める,そんな無責任な熱中に変わりました。私があの食べ物,あの音楽に熱中していることを誰も知らない,そして,それにもう冷めたことも誰も知らない。そもそも,誰も私の熱中に興味はないと思いますが,この掟によって,気が楽になりました。そして,熱中具合も冷却具合も磨きがかかっています。今となっては,この激しい寒暖差に一人震えながらですが,一体自分はどこまで熱くなれ,どこまで冷めることができるのか,その寒暖差自体を楽しんでいます。

 

 というわけですが,コラムのテーマに沿わせるため,ここであえて掟を破るのならば,私は今,「無責任な熱中」に熱中しています。

湯淺 絢