教職員コラム お題「今,熱中していること ver.2023」 水子 学

 最近、時間を忘れて一気読みした小説を一冊、紹介しましょう。

 イギリス在住のノンフィクションライターであるブレイディみかこ氏が初めて書いた小説「両手にトカレフ」(ポプラ社、2022年)です。

 主人公のミアは、イギリスに住む14歳の少女。母親は薬物やアルコールに依存し、ミアと小学生の弟チャーリーは毎日の食事にも困るほどの貧しい生活を余儀なくされています。ある日、ミアは図書館で、実在した日本人女性、金子文子(カネコフミコ)が書いた自伝に出会います。金子文子は、無戸籍、虐待、貧困といった過酷な境遇の中で育ちながらも、自らの信念を貫き、23歳で獄中に没するまで権力に屈服しなかった明治大正期の社会活動家です(ミアが出会った金子文子の自伝は「何が私をこうさせたか-獄中手記」だろうと思います)。ミアは自分と金子文子の人生を重ねながら、やがて自分の心の中の思いをラップのリリック(歌詞)にして表現し始めます。そんな中、母親に異変が起きたことをきっかけにして、物語は思いも寄らない方向へと進んでいきます。

 ミアも金子文子も、自身が背負っている重い現実に対して「しかたがない」と諦めず、今生きている狭い世界が全てではない、まだ知らないこと、出会ったことのない人と出会える大きな世界が存在していることを信じ、自分の「生」を生き抜こうとします。この小説を読んで、日々,どこか心の片隅で「まあ,こんなもんでしょう」と自分が生きる世界の範囲を決めつけ、その世界に自分を縛りつけていることに気づかされました。今生きている世界を拡げていくために、もっともっと自分自身を「解放する」必要があるのかもしれませんね。

水子 学