
山口県出身の詩人・中原中也の『帰郷』という詩があります。田舎の長閑な風景と,そこはかとない侘しさがうたわれた作品ですが,妙に心に響くものがあります。私も中也と同じ山口県の出身であり,この詩が喚起するイメージと,私の原風景に共通点があるからかもしれません。
私の地元は,ただでさえ田舎の多い山口県の中でも,特に田舎の側に分類される小さな町です。これといった観光名所があるわけでもなく,令和の時代になってもコンビニの一軒も建つ気配がありません。自慢といえば水が綺麗なこと,果物や野菜が美味しいこと,くらいでしょうか。
地元で暮らしていた時分には,「不便なところだなあ」と思う程度で,これといった感慨は持っていなかったのですが,ここ数年,外出先で地元と似たような風景を見かけると,なんとなく懐かしく感じるようになりました。帰省した際には,家の周りや小学校・中学校までの通学路を,散歩がてら妻に案内したりしています。懐かしさもありますが,同時に少し寂しいような,物悲しいような,不思議な感覚になります。町の風景そのものは,昔とあまり変わっていないのですが,私の中での故郷というものの位置付けが,年齢と共に変化しつつあるのかもしれません。
冒頭で紹介した中也の『帰郷』という詩は,以下のように結ばれています。
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う
厳しさの中にも優しさを感じさせる,素敵なフレーズだと思います。故郷の空気の中を歩くとき,いつもこの詩が頭をよぎります。

