教職員コラム お題「今,熱中していること」髙尾堅司

 私が,過去から今にかけて熱中し続けているのは,野球です。日本プロ野球選手年鑑を購入して以来,野球に対する関心が一挙に高まりました。

 購入当時はまだ9歳であり全てを理解できたわけではありませんが,当時の全球団の選手の成績や経歴のみならず,日本プロ野球の歴史に関する記述部分を読み込みました。その過程で最も印象的だったことは,一時中断があったものの,戦時中にもかかわらずプロ野球が続いていたことでした。

 戦時中,野球を続けるうえで数々の対応を求められました。ユニフォーム一つにしてもそうでした。戦時体制の影響で,1940(昭和15)年の秋季に「日本語化」が義務付けられました。一球団の例ですが,1936(昭和11)年から1940(昭和15)年まで「大阪タイガース」と名乗っていたチームが使用していたユニフォームには,OSAKAと表記されていました(他のデザインも有)。ところが,1940(昭和15)年の秋にチーム名を「阪神」と改称した結果,1943(昭和18)年にかけて「阪神」と記したユニフォームが使用されていました(別の色の例有)。「日本語化」義務付けの影響が,チーム名とユニフォームにも表れています。この球団以外も同様に,足並みを揃えて「日本語化」するに至りました。

注)ある球団の公式オンラインショップを通して入手した復刻版ユニフォームです。

 日本のプロ野球の歴史を垣間見ると,日本が野球の強豪国の一つに挙げられるまでには,先人たちの数々の苦難があったことが分かります。当時の日本語化の義務付けは,その一つに挙げられましょう。ただ,それ以上に戦争に翻弄された選手は少なくありません。選手が次々に戦地に向かう中,屋台骨となって毎日のように投げ続けた投手がいました。また,野球に対する強い想いをもったまま戦地に赴き,還ってきた選手もいれば,還ってこなかった選手もいました。そのことを思うと,純粋に野球に熱中できる時代が続くことを願わずにはいられません。

髙尾堅司